苗床

菌床じゃないよ

週間日記(2023/11/13-11/19)

 

2023/11/13 Mon.

 ショッピングモールへ母と出かけた。カルディでティムタムとポルボロンを買い、地元よりも品揃えの良い百均でこまごました雑貨を買った。モール内にある書店の「心理一般」と分類された本棚を見てみると、私から見て「まとも」と思えるような心理学の本が一冊もなかった。びっくりした。臨床心理士が執筆していれば必ずしも信頼に足る内容だと保証されるとは限らないのが残念だけど、臨床心理士が書いたと思われる本がほとんどなく、誰でも名乗れる〇〇カウンセラーや独自の資格名を掲げた著者によるものが大半だった。「心理学」ではなく「心理一般」という呼び方になっている以上ポピュラー心理学の本ばかりになるのは無理もないのかもしれないけど、このラインナップの中から学術的・医学的に信頼できる情報に辿り着くのは厳しいだろうなと思った。

 お昼は焼肉屋さんのランチを食べて、自分の好きな食べ物の中に新しく牛カルビが加わった。柔らかくておいしかった。

 冬の窓辺に飾るイルミネーションが欲しいという母の提案で、帰りにホームセンターへ寄った。母がクリスマス雑貨コーナーを見繕っている間、私は毎年この時期に植えるサニーレタス、チマサンチュ、パセリ、ビオラの苗と、チューリップの球根を買った。今年は水仙の球根も買ってみた。植えるのが楽しみ。

 帰宅してから、クリスマスツリーを出した。ネコ達がオーナメントをおもちゃにするのは目に見えているので、去年からは立体的な木の形のツリーではなく、ツリーのイラストがプリントされた大きなタペストリーにオーナメントを縫い付けたものを飾ることにしている。興味津々で近付いてくるネコ達と一緒にクリスマス雑貨を飾りつけるのはとても楽しかった。

 

2023/11/14 Tue.

 午前中に庭へ出て、畑に見よう見まねで小さい畝を作ったり、ボイセンベリーの植え替えをしたり。少し草取りもした。午後は、昨日買ってきた苗と球根の植え付けをした。

 いよいよ寒くなってきたので、この冬初めての暖房を入れた。電源を入れていないこたつに潜り込んだら、床暖房でほどよく温まっていてとても快適だった。

 

2023/11/15 Wed.

 障害年金の請求手続きをするために、市役所へ行った。年金課で書類一式を提出して、後は審査が通るのを待つだけとなった。発病以来の状況や治療経過等について年金機構から電話で問い合わせが来る場合が多いらしく、電話でのやりとりはとても苦手だし、何年も前の自分の状態なんて正確に詳細を覚えている訳でもないので非常に気が乗らない。渾身の「病歴・就労状況等申立書」の文面については、自分で記入したのかとしか窓口では訊かれなかったので、はたしてこの内容で提出して審査が通るものなのか心もとない部分がある。ワーカーさんには「ばっちりです」と言ってもらえたけど、書き方の見本やマニュアルがあった訳でもないので、まるで見当違いなことを書いていたらどうしようと今になって少し不安を覚えている。まあ、その時はまた書き直せば良いか。申立書に書いた文章は以下の通り。

 

2011年

 大学の授業での発表や、ゼミで発言することが怖く、そうした場面のある科目の履修をできる限り避ける。人と接する際の不安を克服するためにコンビニエンスストアでアルバイトをするが、長続きしない。接客や電話、面接試験、会食、注目されること等、人と関わること全般に強い不安を感じるため、学業や就職活動、アルバイト、対人関係全般に支障が生じる。閉鎖的な狭い空間で固定化したメンバーと顔を合わせる環境で働くことが怖く、就職先の選択肢が限定される。大学卒業後に就職し、ショッピングモール内の果物ジュース店でジュースの製造と販売、接客をする。仕事で人と接することが苦痛で、職場や自宅でよく泣き、死にたいと思うようになる。自炊や片付け、掃除等の家事が以前のようにはできなくなる。このままでは自殺すると考え、入社後5ヶ月で退職し実家に戻る。

 

2015年

 精神科への通院を始め、不安を和らげる頓服薬をほぼ毎日服用する。頓服薬なしでの外出は難しい。月1~3回程度の診察のほか、カウンセリングと作業療法に通う。人と関わることや、人から見られることに強い不安を感じる。他者に自分の意見や要望を伝えることが苦手で、コミュニケーションに困難を覚える。不安や憂鬱が特に強い日は、カーテンを閉めて寝間着のまま部屋に閉じこもって日中を過ごす。洗濯や掃除機がけ、簡単な片付け等ができる日がある一方、入浴や着替え、歯磨きもできない無気力な日もある。夜に8時間以上寝て、さらに日中に1時間以上眠ることが週の半分ほどある。外出先で知人に遭遇する可能性が怖いため、知人のいそうな場所を避けたり、知人を見かけると気付かれる前に逃げたりする。半年以上前から自殺の準備を始める。平成29年5月22日に自殺を図った後、同月24日から6月23日まで××(精神科)に入院する。

 

2017年

 退院後は元気になったように感じ、コンビニエンスストアでアルバイトを始める。早朝の3時間勤務で、週3日出勤する。3ヶ月ほど経つと再び死にたいと思うようになり、退職した翌日の平成29年11月21日から12月21日まで××(精神科)に入院した。食事と睡眠はとれているが、悲しい気持ちが続き、自殺について考えることが多い。退院し、平成30年6月から就労移行支援の利用を始め、5時間程度の農作業に週2回参加する。時々体調を理由に休む。平成31年3月から1ヶ月間、パソコンでのデータ入力の短期アルバイトをする。その後、就労継続支援B型に通い、週に2日農作業に行く。アルバイトや農作業に出た日は、帰宅すると疲れてしばらく横になっている。日中の眠気が強く、起き上がって活動する気力がない日がある。死にたいと思う気持ちや憂鬱は依然あるものの、人に対する不安は初診時より軽減したように感じる。令和2年に入り、新型コロナの影響で就労継続支援B型と作業療法に行くのをやめる。

 

2020年

 再び元気になり、令和2年8月から園芸店でパート勤務を始める。休憩を挟んだ5,6時間勤務のシフトで週3,4日出勤し、販売接客、レジ打ち、植物の管理等の業務を行う。人と接する際の過剰な緊張は残るものの、以前のような強い不安はなく、従業員や来店客と関わることができる。帰宅後はひどく疲れて、夜まで起き上がれない日がある。また、同年10月に資格取得のため大学の通信教育部に編入し、休日に自宅で学習するようになる。通院は6週間おきに診察を受け、カウンセリングと作業療法には行っていない。頓服薬を飲まずに外出でき、苦手意識はありつつも人のいる場所で電話に出たり、職場で人と昼食をとったりすることができるようになった。以前と比べると憂鬱や不安が大きく減り、死にたいと思うことがなくなる。週の半分ほど夕食を作ったり、趣味を楽しんだりすることができ、発病以来めったにない前向きな気持ちで過ごせるようになった。車の運転やフルタイムでの勤務等は依然難しいと考えている。

 

2022年

 令和4年2月頃から体力や気力が湧かず、疲れが取れなくなってくる。出勤することが辛く、休日は起き上がって過ごすことがきついと感じる。人と関わったり、業務をこなしたりすることで疲弊し、パート勤務を続けるのが難しくなる。令和4年12月に園芸店を退職した。仕事を辞めても活動する意欲が湧かず、日中に疲れて横になることが多い。頭がぼんやりして集中力がなく、勉強が手につかない。令和5年9月に大学の通信教育部を卒業する。通院の頻度は変わらず、6週間ごとに診察を受けている。週に半分程度は家族の分まで夕食を作り、掃除機がけや毎日の洗濯等の家事をする。外出していない日でも夜になると疲れて、入浴や歯磨きをせずに寝る時がある。人と接することに強いストレスを感じて疲れるため、家族の他にはごく少数の人としか交流がない。罪悪感や劣等感、自己嫌悪等で憂鬱になり、死にたいと思うようになっている。働くことが怖く、自分が働けるとは考えられない状態にある。

 

2023/11/16 Thu.

 特に何をした訳でもないのに疲れていて、日中のほとんどをパソコンとスマホの画面を眺めて過ごした。「何もできなかった日」で終わらせたくなかったので、何かをしたと思えるように野菜たっぷりの晩ごはんを作った。家族の好き嫌いや冷蔵庫にある食材、(申し訳程度に)栄養バランス等を考慮して献立を考えたり、並行して複数のおかずを調理したり、台所に立ちっぱなしだったりとで料理をすると疲れる。でも、人(家族)のために何かをしたという大きな達成感が確実に得られるのは良い。おいしく作れなかったらがっかりするけど。

 

2023/11/17 Fri.

 今日は比較的元気な日だった。朝から家じゅう掃除機をかけて、年末には少し早いけど自分の部屋の大掃除をした。2つある大きな本棚の中身を入れ替えたり並べ直したり、棚の埃を払って要らなくなったがらくたを捨てて、気が済むまで整理整頓した。本のジャンルやサイズ等にもこだわって配置したので、自分で見る分には眺めているだけで思わずにやけてしまいそうなほどすっきり片付けることができた。私ってもしかして片付けるのが得意なのかも、と内心で少なからず自惚れている。自分が生活する場所が散らかってくると気持ちがざわざわするので、こうして片付くとメンタルの面も穏やかになる気がする。片付けはともかく掃除は大嫌いなので(汚れている物を見たり手が汚れたりするのが嫌)、楽しくやれるものでは決してないものの、頑張ったかいがあった。棚の奥からからからに干からびたエアプランツが3つも見つかった時はさすがに自分のずぼらさに引いたけども。

 

2023/11/18 Sat.

 日帰りで両親と天草市へ出かけた。道路からは日頃見る機会のない広々とした海がよく見えて、黄色い実をたくさんつけた柑橘畑とみかんの直売所が至る所にあった。天草でなくても見かけるけど、水色や紫のきれいな実が生った野ぶどうや、ダリアとは思えないほど背の高い木立ダリアの花も見た。

 まず、物産館「藍のあまくさ村」に寄って、焼きたての温かいちくわと、塩バニラとコーヒー味のミックスになったソフトクリームを食べた。そこからさらに移動して橋をいくつか渡った後、いけす料理のお店で海鮮丼を食べた。自分が日頃食べているおすしやお刺身は何だったのかと思うほど、味も食感も普段のものと全然違ってすごくおいしかった。

 その後は、私が行きたいとリクエストした書店「本屋と活版印刷所」へ行った。とても雰囲気が良い本屋さんで、店内を眺めているだけでも楽しい。独立系書店というものが大好きなのに、お店に入るのは緊張して気後れしてしまいがちだけど、お店の方が気さくで穏やかな方だったのでほっとした。気になっていた『くらしのアナキズム』(松村圭一郎、ミシマ社)と、おもしろそうだと思ったZINE『ブクサム2022開催記念 文集・本をつくる生活』を購入した。父も興味をひかれる本があったようで何冊か買っていて、その中にたまたま私が選んだ本と同じ著者の『小さき者たちの』(松村圭一郎、ミシマ社)があった。父と本のセンスがかぶったのは嬉しいし、ちょっとおもしろい。青く塗られた内壁が特徴的な2階の古書店もすごく素敵な空間で、テレビ番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」に出ていた場所だと思うとますます魅力的だった。

 本屋さんから近い距離にある、天草キリシタン館にも足を運んだ。施設の周囲に斑入りの大きなアガベがいくつも植わっていて、多分天草とは関係がないにしても、それを見た時点でもうテンションが上がってしまった。館内の展示では、天草四郎の陣中旗のレプリカや、キリスト教の伝来から島原の乱の様子とその後に至るまでを時系列順に解説しながら資料が展示されているコーナーが特におもしろかった。好きなゲーム「刀剣乱舞」のミュージカルで島原の乱を題材にした作品を観ていたので、天草四郎の陣中旗、籠城の際に食料が尽きて海藻を集めて食べていたという話、一揆勢が山田右衛門作を除いて残らず撫で斬りにされた結末まで「パライソと同じだ!」と思いながら展示を見た。

 天草キリシタン館を出た後、島原の乱で激しい戦闘があり、両軍から出た夥しい数の戦死者の遺体で川の流れが堰き止められたという橋を通ったので、妙な生々しさを感じた。その橋を通って、両親が以前住んでいた家があった辺りや、私が生まれた産婦人科が見える通りをドライブした。私が生まれて半年後に天草を引っ越したそうだし、その後また2、3年ほどで引っ越して現在住んでいる地域に来たので(その市内でも2回引っ越した)、自分が天草の出身だという感覚は全くない。「生まれも育ちもここ(今住んでいる場所)」と時々言うし、自分でもそう思い込んでしまうことがある度に「正確にはそうじゃなかったな」と気付くけど、別に誰も気にしないので困らない。物心ついてからは大学に入るまでずっと現在の地元で育ってきたので、ここの出身だという自覚が染みついている。でも、自分が生まれた土地を約30年ぶりに訪れるというのは、里帰りした鮭にでもなったような気持ちでちょっと不思議な心地だった。次にいつここへ来るかは分からないけど、今度来た時は自分のメンタル面だの何だのが少しでも良い方向に向かっていてほしい。

 

2023/11/19 Sun.

 お風呂に入っている時、過去の恥ずかしい失敗の数々を思い出してすごく苦しくなった。過去の自分を恥じる感覚は人一倍強いんじゃないかと思うのに、後々振り返って激しく後悔するような言動をつい調子に乗ってやらかしてしまう一面もある自分が本当に度し難い。そんな性格では生きている以上恥をかくのは避けられないから、これ以上失敗を重ねる前に死んでしまいたいとしばしば思うほどだ。以前に人と「夜に一人でいる時に、自分の言動について頭の中で反省会を開く癖がある」という話題になった時、「そんなことはしたことがない」「過去のことを振り返っても仕方がない」と言う人がいて、宇宙人にでも遭遇したような驚きを内心で感じた。その人にはその人なりのまた違った苦しみがあるんだろうけど、恥ずかしさと後悔でのたうち回りたくなるような苦しさを味わわなくて済むというのはかなり羨ましい。

 先日申請した障害年金がもらえるようだったら、自宅で受けられるオンラインカウンセリングサービスを利用してみたいと考えている。このままではろくに働けないし、働かなければ生きていけないので現状を変える必要があるのだけど、もう「治る」とか「良くなる」とかいった変化の可能性を信じて何かすることに疲れてうんざりしてしまっているふしがあるので、気乗りしない部分もある。今の自分にどんな心理療法が向いているのかはプロである臨床心理士の側が判断することだけど、認知行動療法のような頭の中で理屈をこねくり回してうわべだけの考え方を変えようとする方法は(これは私の偏見)、なんとなくやりたくないなと思っている。骨折して骨がまだくっついていない状態でリハビリを始めようとしている感覚に思えて、まずは骨をくっつける所、根本的な部分へのアプローチから始めたい。ところが、一時期は臨床心理士を目指したくて色々かじってみた結果、心理療法やカウンセリングの効果そのものが疑わしく思えるようになってしまった。臨床心理士の先生のカウンセリングにあんなに助けられて支えられたのは確かなのに、陰謀論や似非科学に傾倒した心理職や、SNS上での心理職による陰湿で意地の悪いやりとり、心理学の知識や心理療法の技術がなくても国家資格が取れてしまう制度の不備、心理職による差別的で侮辱的な発言など色々なものが積もり積もって、私の心理学や心理職に対する信頼と尊敬の念が大きく揺らいでしまう羽目になった。臨床心理士を目指したいと思ったことでさえ、自身の現状を認識できない患者の誇大妄想じみた大言壮語として「過去の恥ずかしい失敗」に数えられてしまうのはまだ受け入れきれないから認めたくないものの、以前のように純粋な気持ちで心理学を信頼できたら良いのにとも思う。

 私の周りのごく少数の人達に少なからずネガティブな影響を与えてしまうから自殺を実行に移す気はないけど、死んではいけないと思うとますます苦しいというのはよくあることだと思う。「いざという時は死ねば良い」と自分に自殺の許可を与えることで、今日や明日を生きられる可能性はいくらか高くなる気がする。そこで、「積読本を全て読み終わったら死んでも良い(積読本を読み終わるまで死なない)」という選択肢を思いついた。かなりの冊数になった自室の積読本の中には、旧漢字だらけの古い文学全集や辞書よりも分厚い旧約・新訳聖書などもある。そのうえ、今の私は本をほとんど読めない状態なので(「読めなくなった」とは思いたくないので「一時的に読めないだけ」としている)、実際には「積読本を全て読み終わる」のはまず不可能だ。でも、本当にどうにもならなくなったら本を読み切って死んでしまえるのだと思うと、かなりほっとする。これも考え方を変えることで気が楽になるという点で認知行動療法に通じる部分があるのかもしれないと考えれば、頭でっかちの屁理屈と言わず信用してみても良いのではないかとほんの少し思う。