苗床

菌床じゃないよ

週間日記(2023/10/16-10/22)

 

2023/10/16 Mon.

 午前中、窓辺のひなたに置いたリラックスチェアに座って、1時間ほどぐっすり眠った。日差しが強くなって汗ばむほど暑くなってきてから、ようやく目が覚めた。IKEAのポエングという商品名の椅子で、3年前の水害で駄目になっても再度全く同じ物を買ったくらいに重宝している。座り心地はもちろん色合いもデザインも良く、「座る導眠剤」と言いたくなるほど、座っていると眠くなる。不安でそわそわ落ち着かない時でも、この椅子に座ってしばらくすると、気持ちが落ち着いてきて安心できる。ひとつ難点があるとすれば、読書をするのに最適な座り心地の椅子なのに、リラックスしすぎて眠くなり本を持ったまま寝てしまう所かもしれない。人間だけじゃなくネコもこの椅子を気に入っていて、専らネコのとらちゃんが座っていることが多い。子ネコの頃に時々そうしてくれていたように、椅子に座った私の膝にとらちゃんが来てくつろいでくれたら最高だなと思うけど、私の膝よりIKEAの椅子のほうが快適だと分かっているとらちゃんもまた賢くてかわいい。かわいいネコをどけてまで人間が座ろうとは家族の誰も思わないので、セールで安くなっていた籐椅子をしばらく前に買ってきたものの、こちらはネコのふくちゃんが気に入って使うようになった。きょうだい達と身を寄せ合って雨や寒さを空き家の軒下でしのいだり、まだ目も開かない状態で草むらに置いてけぼりになっていたりしたネコ達が、今は座り心地の良い椅子を一匹に一脚ずつあてがわれてぬくぬくと快適に過ごしていてくれるなら、人間は床に座る羽目になっても全然構わない。椅子の上で気持ち良さそうに熟睡するネコ達が本当にかわいくて、寝相が少し変わる度に色々な角度から写真を撮っているので、カメラロールに入った画像がおびただしい枚数になってしまっているけど、それも本望だ。

 

2023/10/17 Tue.

 やりたいことややらなきゃいけないことが山積しているのに、日中は元気が出なくてソファーに伸びていた。やたら身体が重く感じる。

 地元の新聞に結婚相談所のチラシが挟まっていて、視界に入ってきた内容がとんでもなくてびっくりした。「親御様が行動して成婚された方々が沢山いらっしゃいます。親御様も行動しなければいけない時代です!お父様・お母さま(ママ)・ご親戚の方々のお世話や協力等も必要です。」「親御様の無料相談実施中!」という文面で、結婚相談所という仕事をしている以上そう謳わざるをえないとはいえ、両親はともかく親戚まで引っ張り出してきて、なぜそんなに他人を結婚させようとするのか、その熱意が不思議でならない。私自身としては、結婚する意思も結婚に適した資質もなく、そもそも結婚する相手自体いないので、自分の人生において結婚という選択肢はまったくない。むしろ、本邦の家父長制の色が濃すぎる婚姻制度や社会の中に形成された結婚にまつわる価値観、シスジェンダーに限定された異性愛至上主義の風潮などを心底憎く恨めしく思っているので、もし万が一自分にパートナーができようとも結婚は絶対にしたくない。だから、チラシに強い表現を使ってまで他人の結婚に執着する心境が分からず、ジェネレーションギャップという言葉では片付けきれない深い溝を感じてしまった。

 夜、お風呂に入っている時もまだチラシの内容を暗澹たる気持ちで引きずっていて、自分なりに考えてひとまずそれらしい結論を出すに至った。私が「可能であれば人はトンデモや似非科学ではなく科学的な標準医療を頼ったほうが良く、医療を断って松葉茶やびわの種で病気を治そうとする人には閉頭を抱える」と思っているのと同じように、このチラシの文面を考えた人も「人はシスヘテロの男女が番って結婚するのが良く、結婚をしない選択をした人に対して思い直すよう説得したくなる」と信じているのではないだろうか。でも、後者のような主張は私のような人間にとっては非常に有害で不愉快、到底受け入れられるようなものではない。そうなると、私のトンデモと医療についての信念も、イベルメクチンや天然塩を万能薬のように崇め奉る人からすれば正すべき大きな誤りであって、決して認められない戯言だと思われるのかもしれない。私が出した結論が表現として的を射ることができているかどうかは別として、こういうことを考えていると、いよいよ自分の信念や価値観が信用ならなくなってくる。盲信するのも良くないけど、ある程度は「私にとってはこれが正しい」と思える程度の自信が欲しい気がする。自分の物差しが当てにならない状態は、何を信頼すれば良いのか分からなくて非常に困る。

 

2023/10/18 Wed.

 もらった梨が古くなって味が落ちてきたので、りんごのように煮てコンポートにした。ところが、参考にしたレシピよりも砂糖を少なくしたにも関わらず、食べてみると甘すぎる。そこで、冷凍庫に残っていた市販のパイシートを使ってアップルパイのように包んでオーブンで焼いてみたら、これがとてもおいしくできた。適当に焼いたパイもさくさくしていて、甘くないパイと甘い梨のバランスがちょうど良く、梨らしい歯ざわりも残っている。焼きたてのこれにバニラアイスを乗せたら、さらにおいしいんだろうな。

 

2023/10/19 Thu.

 庭の金木犀が満開になった。銀木犀はむっとして気持ち悪くなるほど甘ったるい匂いで苦手だけど、金木犀は通りすがりにふわっと香る分には好きだ。小さな星のようなオレンジ色の花もかわいい。鉢植えのポットマムにもいつの間にかつぼみがたくさんついていて、枯れたかと思っていたシクラメンにも急に葉っぱがわさわさと生えてきた。朝も辺りに霧がかかっていたし、すっかり秋らしくなって嬉しい。秋は過ごしやすくて食べ物がおいしく、自分の誕生日があり、秋らしい色合いの服も着られるので好きな季節だ。そう思って良い気分で庭をうろついていたら、細長くて柔らかく足の多い虫(名前を出すのも嫌だ)の小指ほどもある大きなやつが地面をむくむくと這っていて、過酷な暑さの夏が終わるとこいつらも湧いてくるんだよなとげんなりした。実害が大きいのは毛が生えているタイプのこいつらだけど、ビジュアルの気持ち悪さでは毛のないやつらのほうが上回る。腰痛が完全に引いたら庭仕事をして遊びたいけど、できればこいつらに遭遇しなくて済みますように。

 

2023/10/20 Fri.

 祖母の家へ行って、お茶を飲んでおしゃべりした。

 

2023/10/21 Sat.

 先週痛めた腰がようやく治ってきたと思っていたら、また痛み始めた。ネットを見る限り安静にしておいたほうが良いらしいものの、寝ていても大して良くはならないので、起きてあれこれ家事をした。洗濯物を干したり、掃除機をかけたり、ネコの皿を洗ったり、ネコのトイレを掃除したり。ネコのトイレの砂を入れ替える作業が一番腰への負担が大きくて、しゃがんだり持ち上げたりする度にうんうん唸る羽目になった。

 午後は精神科の診察に行った。天気が良くて、歩いて行くのが気持ち良かった。7月にアリピプラゾールをやめて約10年ぶりに精神科の薬を完全に飲まない状態になってから、ここ10年緩やかに増え続けていた体重が4㎏減った。それが嬉しいのもあれば、もう「治る」とか「良くなる」とかのために何かをすることがすっかり嫌になってしまって薬すら飲みたくない気分だったので、薬を再開するかものすごく迷った。でも、薬を飲んだほうが若干意欲が湧いて動けるような気がするし、「今は仕事をしていないけど、働ける健康な状態になるために治療を受けている」という無職の罪悪感を和らげる大義名分が欲しくて、またアリピプラゾールを処方してもらうことにした。こんな理由で薬を欲しがることへの申し訳なさがあるうえ、薬はあくまで対処療法にすぎず根本的な部分は心理療法でしか治せないんじゃないかという疑問もあるけど、薬がなければいよいよ何も進展は望めないので、今は諦めて薬を飲もうと思う。「いつかはこの苦しみから解放されて、今よりは生きやすくなるはず」と信じるのも疲れたので、もう何もしたくないなと投げやりな気持ちも依然あるけれども。初めて症状を自覚して心療内科に行き、社交不安障害だと診断が下りた時は「病気だったら治療すれば治るんだ!治ればこの苦しさがなくなって、普通に生きられるようになるんだ!」と嬉しく思った。それから10年経って、もう何をしたら「治る」のか、本当に自分は「治る」ものなのか、治らなかったらどうやって生きていけば良いのか、この先を生きていく見通しが立たないから死にたい、とぐるぐる考えて腐っている。こんなはずじゃなかった。

 精神科と薬局から帰ってきて、リビングの大きな窓の傍のひだまりにネコ達がくつろいでいたので、自分も床に寝転がって一緒に昼寝をした。窓越しの日差しを浴びながら1時間ほど眠って、さすがに暑くなってきて目が覚めたら喉がからからに渇いていたけど、気分はすっきりした。

 

2023/10/22 Sun.

 両親と日帰りで遠出した。美術館でやっているアルフォンス・ミュシャ展がこの日一番の目的で、有名な「黄道十二宮」や「ジスモンダ」をはじめとした500点ほどの作品が展示されている。ゆったりとした布をまとった女性、芳香が感じられそうなほどふんだんに描かれた花、繊細な髪やパターンの描き込み、やわらかな色使いといったいかにもミュシャらしい繊細で華やかな世界を堪能できた。中でも特に美しいと思ったのは、ミュシャが好んだ花を描いたという「四つの花」や神秘的な「四つの星」、対になった「ビザンティン風の頭部」などだった。また、ミュシャの作品だと言われても分からないような、くわがた虫や魚を描いた模様や、シンプルな植物画のようなスケッチもあっておもしろかった。知的好奇心をかき立てられる点では、エンジェルストランペットの花の形をそのままデザインに取り込んだシャンデリアの絵や、コカ(コカインの原料)の葉らしき葉っぱが背景に描かれた「インカのワイン」(元の題名は「インカのコカ」)、キャプションの中でフリーメイソンについて言及してありそれらしい目のモチーフが使われた「カッサンフィス印刷所のポスター」などが特に印象深かった。美術館を出た後は、大きな道の駅で買い物をしたり、おしゃれなお店でクレープをテイクアウトして食べたりした。

 両親も楽しそうだったし、私も楽しかったけど、31歳にもなって親のお金と運転で遠出を楽しんでいる自分が情けないやら憎いやらで、内心の自己嫌悪が凄まじかった。人間として生まれた以上どんな人でも旅行を楽しむ権利はあるし、自分以外の30代以上の誰かが経済的に親を頼っていても、別にそれを非難するような気持ちは特に起きない。ただ自分に対してだけは、結婚や子育ては絶対にしないと決めてはいても「自分の今の年齢の人だったら、自分が働いて稼いだお金で家族を養って子どもを旅行に連れて行く側だろうに」「自分はいつまで両親の前で子どもぶるのか」「まともに働けないからという言い訳をして親に甘えている自分には、努力や我慢が足りないんじゃないか」と次から次へと自責の念が湧いてくる。経済的に親から自立した状態で、自分のお金で行く旅行はきっと自己嫌悪や罪悪感から解放されて心から楽しめるんだろうな、でも自分が親から自立するために何ができるのかもう分からないし到底無理だとしか思えない、買い物での支払いがいつまでも親任せなのはみじめでつらいから死にたいな、と鬱々とした考えが頭の中をぐるぐる巡った。なんで旅行を楽しんだ一方でこんなに暗い気持ちになるのか、我ながら不思議でちょっとおもしろくすら思えた。